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自著『生命(いのち)をはぐくむ色彩』では
ゲーテの色彩論についてもページを割いています。
ゲーテ自身が描いた色相環の図も巻頭カラーページに収録、
これにヴァルドルフ教育で使用する水彩絵具、蜜蝋クレヨン
の製造メーカー、ドイツ・シュトックマー社の資料にある
解説の文言を重ねて合成した図を掲載しています。
これはおそらくまだ誰も目にしたことのないものでしょう。
修士論文作成の際に私が作り、それを本書で公開しています。
また、アメリカの現代美術家ジェームズ・タレルについて、
彼は現代によみがえったゲーテかもしれないと、作品について
論及しています。興味を持たれた方には、ぜひお読みいただき
感想をお聞かせ願えればと思います。
臼田さかえ著(学事出版)
『生命(いのち)をはぐくむ色彩』
〜シュタイナー教育からの学び〜
ISBN978–4 – 7619 – 1686 – 2
ゲーテの色彩論についてもページを割いています。
ゲーテ自身が描いた色相環の図も巻頭カラーページに収録、
これにヴァルドルフ教育で使用する水彩絵具、蜜蝋クレヨン
の製造メーカー、ドイツ・シュトックマー社の資料にある
解説の文言を重ねて合成した図を掲載しています。
これはおそらくまだ誰も目にしたことのないものでしょう。
修士論文作成の際に私が作り、それを本書で公開しています。
また、アメリカの現代美術家ジェームズ・タレルについて、
彼は現代によみがえったゲーテかもしれないと、作品について
論及しています。興味を持たれた方には、ぜひお読みいただき
感想をお聞かせ願えればと思います。
臼田さかえ著(学事出版)
『生命(いのち)をはぐくむ色彩』
〜シュタイナー教育からの学び〜
ISBN978–4 – 7619 – 1686 – 2
先日、あるギャラリーの方から作品展示のお誘いを受けました。
佐久総合病院で私の展示をご覧になり、お声をかけてくださった由。
でも、申し訳なかったのですがお断りさせていただきました。
私の作品はギャラリーで取引されるために制作したものではありませんし、今後も美術マーケーットの中に自分が参加して行く意志もないからです。
私は多くの方の癒しのために自分の作品が役に立つことを望みます。
それゆえ展示する場所は公共の施設、特に病院を中心にしています。
最初の個展は2001年夏、諏訪中央病院、長野県立こども病院、と
佐久総合病院でおこないました。
これに先立ち浅科図書館で展示と水彩画の体験コーナーを実施し、
秋には佐久市立近代美術館で、パステル画と水彩画の親子向けの
ワークショップを依頼されておこないました。
参加者自ら描くことによって癒されていくような、共同の学びとしてのワークショップを仕掛人となって実施すること、それが一番やりたいことです。
ですからギャラリーに展示する等の作家活動には興味がありません。
むしろ、作家である他の美術家の方々にも、色彩の持つ生命力を再認識してもらえるような活動を展開していければと望んでいます。
「芸術は 空しく消えていくものを 無目的につくることではなく
人間の魂の 生長と純化に 役立つべきである」
W.カンディンスキー
出身中学校の美術教室の正面黒板の上に掲示されていた
この言葉に導かれて、私は歩んできたのですから。
佐久総合病院で私の展示をご覧になり、お声をかけてくださった由。
でも、申し訳なかったのですがお断りさせていただきました。
私の作品はギャラリーで取引されるために制作したものではありませんし、今後も美術マーケーットの中に自分が参加して行く意志もないからです。
私は多くの方の癒しのために自分の作品が役に立つことを望みます。
それゆえ展示する場所は公共の施設、特に病院を中心にしています。
最初の個展は2001年夏、諏訪中央病院、長野県立こども病院、と
佐久総合病院でおこないました。
これに先立ち浅科図書館で展示と水彩画の体験コーナーを実施し、
秋には佐久市立近代美術館で、パステル画と水彩画の親子向けの
ワークショップを依頼されておこないました。
参加者自ら描くことによって癒されていくような、共同の学びとしてのワークショップを仕掛人となって実施すること、それが一番やりたいことです。
ですからギャラリーに展示する等の作家活動には興味がありません。
むしろ、作家である他の美術家の方々にも、色彩の持つ生命力を再認識してもらえるような活動を展開していければと望んでいます。
「芸術は 空しく消えていくものを 無目的につくることではなく
人間の魂の 生長と純化に 役立つべきである」
W.カンディンスキー
出身中学校の美術教室の正面黒板の上に掲示されていた
この言葉に導かれて、私は歩んできたのですから。
今、小海町高原美術館で開催されている(11月9日まで)
「藤森照信建築展」のバスツアー企画に参加して、10月11日に
「秋野不矩美術館」と「ねむの木こども美術館」を見てきました
藤森先生が手がけた建築の中のでは、私はこの秋野不矩美術館が
一番好きかもしれません 展示作品の日本画を生かすために
細心の注意を払って設計されたことが伝わってきました
壁も建具も床も柱も、すべて手の技と素材が生かされており
触りたくなる空間でした
もうひとつの美術館、ねむの木学園のこども美術館は
藤森先生の設計意図と宮城まり子さんの趣味とが相違して
マンモスのイメージから、どんぐりのイメージに変容したとか
学園の生徒が外壁いっぱいに描いた麦の穂のイラストが
建築家の個性を凌駕して、全体をメルヘンの世界にしています
最初の男性的な発想から、女性的母性的な形状への転換
異質なもの同士のコラボレーションの妙を強く感じました
でも、私が好きな建築家No.1は村野藤吾さんですけどね
糸魚川にある「谷村美術館」が一番好きです
「藤森照信建築展」のバスツアー企画に参加して、10月11日に
「秋野不矩美術館」と「ねむの木こども美術館」を見てきました
藤森先生が手がけた建築の中のでは、私はこの秋野不矩美術館が
一番好きかもしれません 展示作品の日本画を生かすために
細心の注意を払って設計されたことが伝わってきました
壁も建具も床も柱も、すべて手の技と素材が生かされており
触りたくなる空間でした
もうひとつの美術館、ねむの木学園のこども美術館は
藤森先生の設計意図と宮城まり子さんの趣味とが相違して
マンモスのイメージから、どんぐりのイメージに変容したとか
学園の生徒が外壁いっぱいに描いた麦の穂のイラストが
建築家の個性を凌駕して、全体をメルヘンの世界にしています
最初の男性的な発想から、女性的母性的な形状への転換
異質なもの同士のコラボレーションの妙を強く感じました
でも、私が好きな建築家No.1は村野藤吾さんですけどね
糸魚川にある「谷村美術館」が一番好きです
先週、福岡で開催された「ゲーテの色彩学」の講義を聴きに
長野新幹線と羽田からの飛行機を乗り継いで九州にでかけました。
講演者であるヨハネス・キュール氏に、6,7年ぶりで会うことと、
まだ行ったことのない美術館やギャラリーで新しい刺激を受けること
それが目的の旅でした。
木曜日の朝佐久平駅を発ち、午後1時過ぎには福岡の街に降り立って
最初に向かったのは福岡市美術館の近現代美術室。
それから「野田英夫とその仲間たち展」のツインアートギャラリーへ。
そこで福岡のアートギャラリー情報を仕入れ、天神のアーケード街へ。
そこでみつけた案内を頼りに、さらに博多駅方面のギャラリーへも。
締めくくりは中洲川端の福岡アジア美術館。東京では体験できない刺激です。
歩きついでに博多の屋台街にも足を伸ばし、一番人だかりの多かった屋台の
少し離れた店舗の方で博多ラーメンを食べ、西中洲のホテルに宿を取りました。
福岡の街にはエネルギーがあるように感じます。
それはそこに暮らす人々が生み出している力かも知れません。
いつか行ったことのある韓国ソウルの街で感じた熱気と同質のエネルギーです。
金曜日と土曜日の2日間、「ゲーテの色彩学」と題した集中講義を受講しました。
講師はスイス/ドルナッハにある、シュタイナー思想の世界的拠点の
ゲーテアヌムで自然科学部門の代表を務める、ヨハネス・キュール氏です。
彼が1919年開校の最初のヴァルドルフ学校で教師をしていた時に
私は教員養成を終えて、そこで1年間教師見習いをさせてもらい、
彼のクラスでも実習させてもらった縁があります。
その辺りのことは別ブログ「ドイツ留学記」に書きましたので
よかったらお読みになってみて下さい。
2002年にドルナッハに彼を訪ね、話をして以来の再会でした。
スライドで空の色や虹の写真を見たり、プリズムの実験をした楽しい時間でした。
ここで、補色残像の新たな知見を得ることができたのが、
今回福岡での一番の収穫でした。
人間の代謝系と神経系の二つの生理反応が、異なる補色残像をつくり出す
今回学んだそのことを、今執筆中の書籍原稿に取り入れたいと考えています。
長野新幹線と羽田からの飛行機を乗り継いで九州にでかけました。
講演者であるヨハネス・キュール氏に、6,7年ぶりで会うことと、
まだ行ったことのない美術館やギャラリーで新しい刺激を受けること
それが目的の旅でした。
木曜日の朝佐久平駅を発ち、午後1時過ぎには福岡の街に降り立って
最初に向かったのは福岡市美術館の近現代美術室。
それから「野田英夫とその仲間たち展」のツインアートギャラリーへ。
そこで福岡のアートギャラリー情報を仕入れ、天神のアーケード街へ。
そこでみつけた案内を頼りに、さらに博多駅方面のギャラリーへも。
締めくくりは中洲川端の福岡アジア美術館。東京では体験できない刺激です。
歩きついでに博多の屋台街にも足を伸ばし、一番人だかりの多かった屋台の
少し離れた店舗の方で博多ラーメンを食べ、西中洲のホテルに宿を取りました。
福岡の街にはエネルギーがあるように感じます。
それはそこに暮らす人々が生み出している力かも知れません。
いつか行ったことのある韓国ソウルの街で感じた熱気と同質のエネルギーです。
金曜日と土曜日の2日間、「ゲーテの色彩学」と題した集中講義を受講しました。
講師はスイス/ドルナッハにある、シュタイナー思想の世界的拠点の
ゲーテアヌムで自然科学部門の代表を務める、ヨハネス・キュール氏です。
彼が1919年開校の最初のヴァルドルフ学校で教師をしていた時に
私は教員養成を終えて、そこで1年間教師見習いをさせてもらい、
彼のクラスでも実習させてもらった縁があります。
その辺りのことは別ブログ「ドイツ留学記」に書きましたので
よかったらお読みになってみて下さい。
2002年にドルナッハに彼を訪ね、話をして以来の再会でした。
スライドで空の色や虹の写真を見たり、プリズムの実験をした楽しい時間でした。
ここで、補色残像の新たな知見を得ることができたのが、
今回福岡での一番の収穫でした。
人間の代謝系と神経系の二つの生理反応が、異なる補色残像をつくり出す
今回学んだそのことを、今執筆中の書籍原稿に取り入れたいと考えています。
先日、群馬県立近代美術館に行った時のことです。
足の悪い母を伴っており、車椅子を借りて展示室へ向かいました。
1階のフロアは良かったのですが、問題は上の階へ行くスロープ。
いったい誰の設計なのか、信じられないほどの急傾斜!
あまりにも傾斜がキツすぎて、車椅子を上に押すのは
ものすごい重労働で、逆に下りは超危険!!
手ブレーキをかけながらジグザグに下りましたが
事故が起きてもおかしくない感じの傾斜でした。
そして、もっと気になったのは、ここの館のスタッフが
バリアフリーに対して意識がとても低かったことです。
いつもは使えるはずのエレベータが、展示の都合で使えず
スロープで行くしかないというのです。
客に不便を強いて、平気で車椅子をこのスロープに誘導していたことは驚きです。
また、今回の展示に暗室会場がありましたが、車椅子では危険が多いのに
これも平気で観覧を勧めるのですから恐れ入りました。
公共施設では、スタッフ自身が車椅子で実際に暗室やスロープを使ってみて、
いかにそれが大変な困難を引き起こすものであるのか、
施設全体を利用者の立場で、一度点検してみてほしいものです。
群馬県立近代美術館ほど急傾斜ではありませんが
信濃美術館のスロープも傾斜が強く曲者です。
階段しか無かった古い建物のバリアフリー化にスロープを取り付ける
という発想はいったい誰が思いついたのか、どう考えても無理があります。
高齢化社会の我が国の公共施設には、エレベータを完備して
車椅子に対応させるのが本筋でしょう。
美術館などは、利用者の高齢化比率の上昇が予想されるのですから。
足の悪い母を伴っており、車椅子を借りて展示室へ向かいました。
1階のフロアは良かったのですが、問題は上の階へ行くスロープ。
いったい誰の設計なのか、信じられないほどの急傾斜!
あまりにも傾斜がキツすぎて、車椅子を上に押すのは
ものすごい重労働で、逆に下りは超危険!!
手ブレーキをかけながらジグザグに下りましたが
事故が起きてもおかしくない感じの傾斜でした。
そして、もっと気になったのは、ここの館のスタッフが
バリアフリーに対して意識がとても低かったことです。
いつもは使えるはずのエレベータが、展示の都合で使えず
スロープで行くしかないというのです。
客に不便を強いて、平気で車椅子をこのスロープに誘導していたことは驚きです。
また、今回の展示に暗室会場がありましたが、車椅子では危険が多いのに
これも平気で観覧を勧めるのですから恐れ入りました。
公共施設では、スタッフ自身が車椅子で実際に暗室やスロープを使ってみて、
いかにそれが大変な困難を引き起こすものであるのか、
施設全体を利用者の立場で、一度点検してみてほしいものです。
群馬県立近代美術館ほど急傾斜ではありませんが
信濃美術館のスロープも傾斜が強く曲者です。
階段しか無かった古い建物のバリアフリー化にスロープを取り付ける
という発想はいったい誰が思いついたのか、どう考えても無理があります。
高齢化社会の我が国の公共施設には、エレベータを完備して
車椅子に対応させるのが本筋でしょう。
美術館などは、利用者の高齢化比率の上昇が予想されるのですから。
